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   <title>☆いすぱにあ☆</title>
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   <subtitle>情熱の国・スペインについて調べました</subtitle>
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   <title>エリザベス一世の治世とは？・・・その１</title>
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   <published>2010-07-19T02:31:52Z</published>
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      1558年、「流血のメアリ(メアリ一世)」が病没して異母妹エリザベス一世(位1558～1603)が即位すると、25歳の新国王に国民は歓呼の声をあげました。

国民は、メアリ時代のカトリック復活政策と新教徒弾圧の恐怖政治を憎んでいたのです。

しかし、エリザベスは熱心な新教徒であったというわけでもありません。

典型的なルネサンス文化人として、あらゆる狂信を嫌ったのです。
      
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   <title>スペイン絶対王政とオランダの独立・・・その５</title>
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   <published>2010-07-07T02:31:32Z</published>
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   <summary>正式にはネーデルラント連邦共和国です。 中心のホーラント州にちなんで通称はオラン...</summary>
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      正式にはネーデルラント連邦共和国です。

中心のホーラント州にちなんで通称はオランダ。

初代統領オラニエ公ウィレム一世(沈黙公任1581～84)は、共和主義を唱えたが、統領はオラニエ家の世襲であったから実質的には王政に近い。

スペイン絶対王政を破ったオランダ独立は、市民革命の先駆でもあったのでした。
      
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   <title>スペイン絶対王政とオランダの独立・・・その４</title>
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   <published>2010-06-15T02:31:03Z</published>
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   <summary>カトリックの多い南部諸州は「アラス同盟」を組織して、スペインとの和平を打ち出して...</summary>
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      カトリックの多い南部諸州は「アラス同盟」を組織して、スペインとの和平を打ち出して脱落しました(1579)。

これに対してカルヴァン派の北部七州は「ユトレヒト同盟」に結集し、独立宣言(1581)ののちも不屈の戦いを進めました。

彼らと同じく「海の国」であり、新教国であるイギリス(エリザベス一世)の支援も大きかったようです。

スペイン無敵艦隊が英海軍に大敗した(1588)のちは、独立軍が優勢を占めました。

結局、1609年、スペインとの休戦条約に持ち込んで実質上の独立を果たしました(国際的な承認は1648年のウェストファリア条約)。
      
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   <title>スペイン絶対王政とオランダの独立・・・その３</title>
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   <published>2010-06-08T02:30:36Z</published>
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   <summary>1566年、フランドル・ブラバントの諸都市で市民の反乱がおこると、フェリペニ世は...</summary>
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      1566年、フランドル・ブラバントの諸都市で市民の反乱がおこると、フェリペニ世は総督としてアルバ公を派遣、アルバ公は、自ら主宰する「血の委員会」での一方的裁判で八千余人を処刑しました。

68年、オラニエ公ウィレムを指導者としてネーデルラント独立戦争が始まります。

国外に亡命していた戦闘的カルヴァン主義者は、フランスの新教徒ユグノーやイギリスの海賊と協力してスペインの商船を襲う。

彼らが「ゼーゴイセン(海の乞食団)」です。
      
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   <title>スペイン絶対王政とオランダの独立・・・その２</title>
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   <published>2010-05-16T02:30:18Z</published>
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   <summary>宗教改革では、ルター派よりもカルヴァン派が歓迎されました。 特にきびしい自然条件...</summary>
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      宗教改革では、ルター派よりもカルヴァン派が歓迎されました。

特にきびしい自然条件を克服して国を築いてきた北部では、都市や農村の中産階級を中心に戦闘的なカルヴァン主義が展開された。

1556年以降ネーデルラントを領有したスペインHハプスブルク朝は、本国財政の赤字をあくどいやり方でこの属領に転嫁しようとしました。

また、フェリペニ世は狂信的な旧教主義者でも知られているから、宗教的にもネーデルラントは本国と激しく敵対します。

本国政府は属領の新教徒を「ゴイセン(乞食ども)」と蔑称しました。
      
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   <title>スペイン絶対王政とオランダの独立・・・その１</title>
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   <published>2010-05-01T02:29:47Z</published>
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   <summary>オランダの正式名称ネーデルラントとは「低地」の意味で、地盤の沈降、海浸・洪水など...</summary>
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      オランダの正式名称ネーデルラントとは「低地」の意味で、地盤の沈降、海浸・洪水などが続いて低地を形成している。

かんたく海面下を海水の浸入を抑えて干拓した土地をポルダーというが、現在のオランダの国土の実に四分の一をポルダーが占めています。

1477年以来ハプスブルク領となったネーデルラントは、中世より羊毛工業が発達し、また北海・バルト海を動脈とする遠隔地貿易の拠点をひかえて社会のブルジョワ化が進みました。

加えて大航海時代以後の世界商業の中心の移動で、アントワープやアムステルダム・ロッテルダムなどの諸都市は世界商業と金融の一大センターでした。
      
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   <title>ヨーロッパの歴史～フェエリペニ世～その２</title>
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   <published>2010-04-17T02:29:25Z</published>
   <updated>2010-07-06T03:26:18Z</updated>
   
   <summary>ネーデルラント独立戦争(1568～1609)の結果、オランダが独立します。 88...</summary>
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      ネーデルラント独立戦争(1568～1609)の結果、オランダが独立します。

88年には英本土上陸作戦のため英仏海峡に入ったスペインの誇る「無敵艦隊」が完敗して艦隊は潰滅しました。

フランスでのユグノー戦争に介入したものの敗勢が濃く、九八年にはフランスとの講和を余儀なくされた。

その直後、失意の王フェリペニ世は没する。

しかし、さしも豊富であった金・銀も、王室の薯修と相次ぐ戦争で費やされ、フェリペニ世の晩年、国家財政は破綻していました。
      
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   <title>ヨーロッパの歴史～フェエリペニ世～その１</title>
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   <published>2010-04-07T02:05:01Z</published>
   <updated>2010-07-06T03:25:07Z</updated>
   
   <summary>スペインの全盛期を生んだのは、フェリペニ世(位1556～98)です。 オーストリ...</summary>
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      スペインの全盛期を生んだのは、フェリペニ世(位1556～98)です。

オーストリア・ハプスブルクから分離したとはいえ、当時、最大の植民地保有国で、新大陸産の原価ゼロに等しい莫大な銀がこの国をうるおしました。

1571年には、地中海はコリント湾での「レパント海戦」でオスマン・トルコ海軍を破り、久しくイスラム教徒の手にあった地中海の制海権をキリスト教徒の手に奪い返しました。

さらに80年、ポルトガルの王統が途絶えたとき、母后がポルトガル王女であったことを理由に継承権を主張し、これを併合して同君連合とし(～1640)「太陽の没することなき帝国」を誇った。

しかし、彼の時代は同時に「スペインの落日」の始まりでもありました。
      
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   <title>コルドバ歴史地区</title>
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   <published>2010-03-29T02:57:11Z</published>
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   <summary>コルドバ歴史地区は、スペインの世界遺産のひとつ。 後ウマイヤ朝の都であったコルド...</summary>
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      <![CDATA[コルドバ歴史地区は、スペインの世界遺産のひとつ。

後ウマイヤ朝の都であったコルドバにある地域です。

ここにはメスキータやローマ橋などの建造物とユダヤ人街があります。

<img alt="Cordoba_moschee.jpg" src="http://fuentesdeinvierno.info/images/Cordoba_moschee.jpg" width="300" />

<strong>メスキータの円柱の森</strong>

後ウマイヤ朝時代、メスキータはモスクとして建てられ、市の中心でした。

その後レコンキスタによりキリスト勢力が失地を回復すると、メスキータの一部は壊され、キリスト教会に改築されたそうです。

メスキータの窓などに、イスラム装飾の名残を見ることが出来ます。

有名な<strong>ユダヤ人街の花の小径</strong>。

人気の観光スポットです。

<img alt="Espa-komiti.jpg" src="http://fuentesdeinvierno.info/images/Espa-komiti.jpg" width="150" />
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   <title>スペインの宗教</title>
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   <published>2010-02-14T04:39:57Z</published>
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   <summary>今回は、スペインの宗教について。 スペインの教会といえば！サグラダ・ファミリア。...</summary>
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      <![CDATA[今回は、スペインの宗教について。
スペインの教会といえば！サグラダ・ファミリア。

<img alt="Sagradafamilia.jpg" src="http://fuentesdeinvierno.info/images/Sagradafamilia.jpg" width="200"  />

国民のほとんど、94%がカトリックです。

イベリア半島では近代に入って多様な宗教を公認し、隠れて暮らしていたユダヤ教徒が信仰を取り戻し始めています。

戦争時など様々な折にスペインに「帰還」し、祖国のために闘ったセファルディムもいました。

残りは、ムスリムなど。

スペインでは国民の大多数がカトリック教徒であるにも関わらず、近年ではローマ教皇庁が反対している避妊具の使用や、同性婚を解禁するなど社会的には政教分離の思想が進んでいます。

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   <title>今日はエピファニア！</title>
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   <published>2010-01-06T01:26:25Z</published>
   <updated>2010-05-06T10:43:15Z</updated>
   
   <summary>スペインやイタリアなどのカトリック国では、今日は「エピファニア（公現祭）」と呼ば...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://fuentesdeinvierno.info/">
      <![CDATA[スペインやイタリアなどのカトリック国では、今日は「エピファニア（公現祭）」と呼ばれる祭日です。

このエピファニアには、世界各地にそれぞれの慣習があります。

スペインの伝統的な慣習では、子供たちがプレゼントをもらうのはクリスマスではなく今日です。
お年玉のような感じですかね^ ^

また、今日は王冠の形をした菓子パン、「ロスコン・デ・レジェス」を食べます。

<img alt="epi.jpg" src="http://fuentesdeinvierno.info/images/epi.jpg" width="200" />

この可愛い菓子パンはパン屋さんで売っていて、最近ではクリーム入りもあるそうですね。

伝統的には、中にそら豆やソプレサと呼ばれる陶器のお人形が入っていて、それが当たった人は幸運とされています。

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   <title>スペインのクリスマス</title>
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   <published>2009-12-26T02:37:58Z</published>
   <updated>2010-01-29T04:03:25Z</updated>
   
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      ご存知スペインはカトリック教国です。なのでクリスマスは宗教的な意味合いの強いイベントなんですね。

11月の中頃から、街のメイン通りや商業施設にイルミネーションなどの華やかなクリスマスの飾り付けが始まり、年明け1月6日まで続きます。 12月にスペイン各都市の中央広場で開かれるクリスマス・マーケットでは、ほとんどのクリスマス飾りを手に入れる事が出来るんです。

その飾り付けの一つに「ベレン」がありますが、スペインではクリスマスに欠かせないものであるにもかかわらず、日本にはあまり馴染みがありませんよね。

ベレンは、キリストがベツレヘムの馬小屋で生まれた様子を人形などのミニチュアで再現したもの。

現在スペインでは、家庭、学校、教会、病院といたる所に木、紙、石、プラスチックなど様々な素材を駆使したベレンが飾られるんです。
子供が作る小さな物から、広間一面に水の流れる小川がある物や、ライトで演出効果を狙った大掛かりな物までその規模も様々で、コンクールが催されるほどなんです。

ベレンの由来は古く、13世紀イタリアで聖フランシスコがクリスマスを祝うため、キリスト誕生の模型を作ったのが始まりだとされています。


      
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   <title>スペイン語</title>
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   <published>2009-11-26T06:57:52Z</published>
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   <summary> スペイン語はインド・ヨーロッパ語族イタリック語派に属する言語です。 世界中で約...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="speinn.jpg" src="http://fuentesdeinvierno.info/images/speinn.jpg" width="500" height="333" />

スペイン語はインド・ヨーロッパ語族イタリック語派に属する言語です。

世界中で約3億5千万人の人々によって日常的に使われていて、中南米では国際共通語なんだそうです。


現在インターネットを使用している人口の、約9パーセントがスペイン語です。

英語と中国語に次ぐ第三の言語なんですね。

ポルトガル語とかなり似ていて、お互いにけっこう意思疎通が出来るみたいです。
違う言語なのに大体は伝わるなんて、なんだか不思議ですね。

日本語にも似た言語があったら面白いのになぁ～。

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   <title>モンセラット</title>
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   <published>2009-10-26T11:28:31Z</published>
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      <![CDATA[<img alt="Montserrat_view01.jpg" src="http://fuentesdeinvierno.info/images/Montserrat_view01.jpg" width="280" height="202" />


標高1235mのもこもこした山の中腹に修道院があって、キリスト教の聖地。
黒いマリア像が祭られています。
風景も楽しめますし、幻想的ですね＾＾]]>
      
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   <title>スペインの国章</title>
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      <![CDATA[<img alt="200px-Escudo_de_Espa%C3%B1a_%28mazonado%29.svg.png" src="http://fuentesdeinvierno.info/images/200px-Escudo_de_Espa%C3%B1a_%28mazonado%29.svg.png" width="200" height="200" align="left" hspace="5" vspace="5" border="1"/>

現在のスペインの国章は1981年に決定！
それまでのフランコ総統統治下の国章から変更されたものです。
この国章は、スペインの国旗にもありますよ＾＾

スペインの国章は盾の中にそれぞれスペイン王家、スペインの王冠、立憲君主制を表現するシンボルが描かれています。
そしてその盾を支えるのが、スペインの歴史・地理的な情勢を象徴するヘラクレスの柱なのです！]]>
      
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